小菅 くみ

Kumi Kosuge

Embroidery Artist

「すべて一人の手作業で」
そう聞くと驚くかもしれない。

かわいらしい表情の猫に、いい香りのしそうな料理。
さまざまな絵を糸だけで縫い上げる、
刺繍作家の小菅くみさん。

彼女のアイデア溢れる繊細な刺繍に魅了され、
オリジナル作品の製作をお願いするファンも多い。

どうして刺繍を手がけるようになったのか、
インスピレーションはどこから湧いてくるのか。
バッグやファッションの話とともに、
その全貌を教えていただいた。

現実味のない夢が

思いもよらないかたちで

幼い頃から、絵を描く、切り絵をつくる、縫う……と、何かをこまごまとつくることが大好きでした。お友だちの誕生日に、苦手なミシンで一生懸命つくったプレゼントをあげたとき、すごく喜んでもらえたことが印象的です。「こういうのがほしい」とリクエストされることも嬉しかったですね。でもそれを職につなげるのは、「現実味のない夢」ととらえていました。将来は「親のためにも会社に勤めないといけない」という固定観念にとらわれていたんだと思います。

大学では写真を専攻していたんですけど、一番の落ちこぼれで……。向いているのかよくわからないまま、写真を焼く仕事に就きました。その会社は倒産してしまい、すぐ転職したんですが、今度は病気になってしまったんです。入院生活が続き、仕事も辞めざるをえなくなりました。そこで、「ベッドにいてもできることって何かな」と考えて、お家にあった刺繍キットを持ってきてもらったんです。刺繍キットがあったのは、母が家庭科の先生だったから。一通りの裁縫道具が揃っている家庭でした。

刺繍をやりはじめた様子を見て、まわりのお友だちが「会社も辞めちゃったんだから、それをちゃんと仕事にした方がいいよ」と言ってくれるようになって。お見舞いに来てくれた人たちはフリーランスが多く、どう仕事をしているのかをたくさん聞かせてくれました。みんな若くて、写真家やディレクターとしてはまだまだ駆け出しだったけど、「自信はなくとも、みんなどうにかこうにかやっている」というのに勇気づけられました。この入院をきっかけに、「会社に勤めなきゃ」という縛られた考えがガラッと崩れて、フリーとして刺繍のお仕事をしていくことにしました。

お友だちから聞くおもしろい話たちが

刺繍作品につながっていく

私のまわりにいるお友だちは、「えー!」と驚くようなぶっとんだ考えを持つ、おもしろい人たちばかり。彼女たちから「○○に今ハマってるんだ!」という熱弁を聞くのがすごく楽しいです。その世界をのぞいてみることで、どんどん自分の世界が広がっていく。そうやって色んな人から聞いた話が、作品につながっていると思います。自分一人の視点だけではなかなかインスピレーションが湧きにくいんですよね。だからこそ、人との時間をつくることは大切にしています。

最近、特にお友だちに影響されたのは、サウナ。何年も前から「ハマるとおもしろいよ」とおすすめされていたんですけど、当時の私はとても無理だと思って断っていたんです。でも数年遅れて少し気分が落ち込んでいるときに行ってみてから、どハマり。「ドカーン!」と衝撃が走って、すぐそのお友だちに報告の電話をしたくらいでした。「五感が研ぎ澄まされて、自然と小さなことに気がつく楽しい日々が増えていくよ」って言われたんですけど、本当にその通り。そこで感じたものが色んな作品に通じています。「水風呂がキレイだから、その水面みたいなものを縫いたいな」って思ったりとか、キャップに「ゆ」って縫ってみたりとか。人から影響を受けた好きなものたちが、作品に表れていると思います。

楽しい気分でつくった作品は

きっと誰かが喜んでくれる

「自分の猫を刺繍作品にしてほしい」という要望のように、何かに似せてつくらなきゃいけないときは、かなりの時間をかけて資料集めと下絵描きをします。「ちゃんと似せなきゃ」というプレッシャーもあって、可能であれば本物を見に行くんです。「ああ、毛の流れはこうなってるんだ」とか「目の色は、写真と少し印象が違うんだな」とか、実際に見て初めてわかることもあるので。

縫う作業は、「誰かが喜んでくれるといいなあ……」と考えながら。こういう感情がないと、縫っていてもすごくつまらないんです。個人の方からも企業さんからもお仕事をいただくのですが、いくら頼まれた仕事だからと言っても、「このままだと誰も喜ばないかも」というものは、言われた通りにはあまりつくらないようにしています。先方に確認しながら、色味を変えたりオリジナルの猫を入れたり……自分なりにプラスアルファのアイデアを提案して、自分の気持ちも乗る「誰かが喜んでくれるもの」をつくるようにしています。誰かが笑ってくれて、その人がまた誰かにプレゼントしたいなと思ってもらえるものにしたくて。

「好きなことを仕事にすると、嫌いになる」と聞きますが、私はそうはなりたくない。でも実は、過去に刺繍を嫌いになりかけたこともありました。それは無理のあるお仕事を受けてしまったから。今はやり方を考え直して向き合うようになりました。気持ちが乗らないときは、ちょっとだけ休憩を挟んで気分をリセットさせてから取り組みます。楽しい気分で仕上げたものじゃないと、良いものではない気がするんです。ときには、最初にお仕事をもらったときのことを思い出して、お仕事をいただけることのありがたみを感じながら、楽しんでつくっています。

いっぱい詰め込むのにも

植物を入れて帰るのにも

用意周到なタイプなので、刺繍道具とサウナセットとタオルと……と、いつも大荷物ですね。たまたま車で横を通ったお友だちに「荷物が歩いてると思ったら、くみだったのか!」と言われるくらい(笑)。私にとって、たくさん入るリュックは必須です。

この『NOIR』は、雨が降っても大丈夫だし、中にも外にもポケットがついてるから便利。なんせこの1個で荷物をまとめられるくらい大容量なので、とっても使いやすいんです。刺繍の活動とは別に、レシピ開発に関わっている「ほぼ日」ジャムの空き瓶を持っていくことがあって。これまではIKEAの袋を使っていたんですが、今はこのバッグが活躍してくれています。

1週間に1回くらい、お花屋さんで枝ものの植物を買うんですけど、その持ち帰りにとても便利なんですよ。袋に入れて自転車で持ち帰ろうとすると何かと不便。でも、そのまま『NOIR』に入れると、頭がちょこっと飛び出すくらいでおさまるんです。便利な上にすごくかわいいんですよ!上の部分がチャックじゃないからこそできることだなと思います。

シンプルが私らしい

ワンピースに合わせてカジュアルダウンを

普段着ている服はわりとシンプルで、好きなように刺繍をほどこすこともあります。色は黒、白、ベージュ、グレーのだいたい4パターン。柄物を着ていると「珍しいね」と言われるほど、ワントーンでシンプルなコーディネートばかりだと思います。だからリュックも『NOIR』を選びました。

比較的ワンピースを着ることが多いんですが、これ一枚だけだと甘くなりがちですよね。リュックとスニーカーを合わせて、あんまり女の子らしくなりすぎないようにカジュアルダウンするスタイルが気に入っています。

未知の世界をのぞくチャンスを

逃さぬように

よくみんなに「刺繍って、すごく時間がかかるでしょ?」と言われます。たしかに手間も時間もかかるものではあるんですけど、そのぶん、とても愛情が湧くんですよね。「人の手をかけたぬくもりがある」というのは、刺繍の大きな魅力だと思います。納品するとき、手放したくなくなることもありますね。行動と気持ちが裏腹になって、「売れないでほしいなあ」って(笑)。人形やキルトなどの手仕事作品の展示を見に行ったとき、どの作品からも素敵な愛情を感じられたんです。「自分もこういうことをやってるのか」と気付いて、この仕事をやっていて良かったなと心から思っています。

仕事でもプライベートでも、何か話を聞いた当初は尻込みしてしまいがち。でも思い切ってやってみたら、すごく楽しいって思うことばかりなんです。ハマっていくうちに、「こういうのも向いてたのかも」って気付くことがある。だから、大人になってもまだまだ自分が知らない楽しいこと、未知の世界に触れてみたいですね。そのチャンスを逃さないように、刺繍にとらわれず常にアンテナを張って過ごしていきたいと思います。

「ギャラリーに出すために直接作品を渡しに行くとき、目の前で反応が見れるのは嬉しいですよ」。距離が近いときは手渡しで納品するという小菅さん。そのときバッグはパンパンになるそう。

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PROFILE

小菅くみ(Kumi Kosuge)

1982年東京都生まれ、日本大学芸術学部写真学科卒業。
刺繍ブランド『EHEHE(エヘヘ)』を中心とした作品を製作する刺繍作家。動物や人物などほのぼのとしたものからちょこっと笑えるユニークなものまで、自由なスタイルの作品を手がける。ギャラリーに出展する傍ら、「ほぼ日」の『感じるジャム』『おらがジャム』のレシピ開発も担当。サウナ・スパ健康アドバイザーの資格を持つ、大のサウナ好きでもある。

HP:https://ehehenokoto.tumblr.com/
Instagram:https://www.instagram.com/kumikosuge/
Twitter:https://twitter.com/kumidesuyone