牛木 匡憲

Masanori Ushiki

Artist・Designer

He Meets BRAASI INDUSTRY 『AYO』.

 

気付けば、これもあれも実は彼の作品だった……
そんなことがあるくらい、
膨大な作品を描く人気イラストレーターがいる。

今回インタビューをしたのは、
NHK Eテレ 『シャキーン!』 “あっち向いてホイ”、
セブン銀行 ウェブ広告映像イラスト、
書籍『ヤバい集中力』表紙、
CONVERSE “ALL STARS”キャラクターデザインなど、
多岐にわたって作品を手がける牛木匡憲さん。

日本のみならず海外でも注目を集める牛木さんに、
自身のルーツやファッション、
絵を描くことの先に見据えるビジョンについてうかがった。

今につながるルーツは、近所のおもちゃ屋さん

みんなを笑わせるために絵を描くのが好きだった

 

小さい頃から単純に描くことは好きだったんですけど、別にすごく絵がうまいとかではなくて……だいたいクラスで5番目くらいでした。自分を満足させるというより「みんなが笑ってくれればいい」みたいな感じで、黒板にいたずら描きをして先生に怒られる、目立つことばかりしてる子でしたね。

意識的に絵を描くようになったきっかけのひとつは、中学2年生くらいの時にお母さんにフランスに連れてってもらって、ルーブル美術館とかパリの街並みを見てまわったことですかね。そこで、ストリートアートというか、クレヨンで路上にすごく自由に落描きしているのを見たのが印象的でした。

ただ、本当に今につながる原点と言えるのは、自分ん家の前におもちゃ屋があったことかな、と。メンコとかビックリマンチョコとかが売っていて、お小遣いを全部そこに注ぎ込んでました。僕の家自体も、サンリオグッズとかオブジェとかを置いてるファンシーショップ兼ギフトショップのような店だったこともあって、そういう子どもコンテンツにものすごくアンテナが高かったと思います。

消去法で美大へ進学

自信なんてまるでなかった

 

美大に入るって決めたのは、高校で進路を決めなきゃいけなくなったときに消去法で、ですね。いろんな道を考えてはみたんですけど、「全部嫌だし……」と思って。結果的に他に何かあるかなと考えてみたら、「子どもの頃よく絵描いてたよな」ってところに行き着きました。

試験で絵を描かずに入れる学科に入学したので、画力とか発想みたいなことでは完全に負けてる状態でのスタート。だからそもそも自信がなくて、高みを目指そうだなんておこがましいなって思ってました。ちゃんと美大を目指して入った他の人と比べたら、遥かに熱量は低いですよね。みんなあるじゃないですか、デザイナーや漫画家になりたいとか、映像やりたいとか。そういうの全然なくて。「絵の仕事って何だろう?」みたいなところからはじまりました。

「原点との再会」と「奥さんとの出会い」

「描く人生」が前に進み出す

 

とりあえずで面接を受けて卒業ギリギリに決まった仕事が、文具メーカーのクリエイティブ職でした。子どもの頃、ボーリングのピンになってる鉛筆キャップとか、休み時間に無限に遊べるような文具が出てる時代だったんですけど、そういうのをつくってる会社だったんです。それを知らずに入社して、すごくテンション上がっちゃって。「あのおもちゃ屋さん」で売ってたようなものだったから、「そうだ、これ原点じゃん!」って。入社後はキャラクターグッズの担当を任されて、仕事内容も会社で働くこと自体にも超満足してました。でも友だちから「一緒に展示やらない?」と誘われたりして浮気心が芽生えてきちゃって、迷って迷って4年半で退職しました。

そのあとはフリーランスとして今までお世話になった方からお仕事をいただいたりして、「なんか順調!」って感じだったんです。ただ、会社員でない不安とか、税金とか必要なものへの投資で想像以上にお金がなくなっていく怖さとか、いろんなものが空回りしちゃって。そしたら病んできちゃったんです。心が最初に病んだわけじゃなくて、がんばりすぎて手が腱鞘炎になっちゃって、そこから心が。

そんなとき、とあるウェブ制作会社の社長から声がかかりまして。鎌倉だったんで、正直嫌だなーって感じだったんですけど、うちの親が「1日でもいいからとりあえず行ってみな」って引っ越しを手伝ってくれて。マウスも握れないからどうやって仕事するんだという状態だったんですけど、「嘘ついてでもいいから!」と無理やり背中を押されて行きました。そしたら入って1週間ぐらいで途端に治ったんですよ。きっとそれまで、ずっと思い詰めてたんですね。

 

その会社ではウェブまわりのことを学ばせてもらったんですけど、一番得られたものといったら、奥さんですね(笑)。奥さんとは、2年勤めたのちに一緒に会社を退職しました。そのあとは、彼女がすごく優しかったので、「アートを諦められない!やりたい!」っていう僕の要望に、「この先やるとしたら結構きついから、20代のうちの今やっとけば?」って言ってくれたんです。すごく嬉しくて、半年くらいがんばって絵を描いてました。でもそこで、目標にしてたGEISAI(※)が震災でなくなったり、子どもが生まれて奥さんも仕事ができなくなったりして、もうやめようって。でもそれは、泣く泣くというより、ポジティブな諦めでした。

そのあと、今や超有名企業ですけど、当時はまだ小さかった近所のゲーム会社から依頼がきたんです。そしたら僕が関わったゲームがたまたま大ヒットし続けたんですよ。そのおかげで社員として雇ってくれる話が出たんですけど、奥さんも働きに出たいという思いがあったりして、役割を交換しました。入社するのはやめて、子育てをしながら僕は僕のペースで絵を描いていくことにしたんです。

 NHK Eテレ 『シャキーン!』 “あっち向いてホイ”

NHK Eテレ 『シャキーン!』 “あっち向いてホイ”

 

ただ何も取っかかりがなかったわけではなくて、そのときEテレの『シャキーン!』のお話をいただいてて。『シャキーン!』っていったら、イラストレーターとか映像作家とかの登竜門で、そこで結果出せたらトントントンっていくのかなと。それで、奥さんに大黒柱を任せて、僕は子どものお迎えとかをやりながら、ゲーム関連の仕事も自分のデザインの仕事もやってました。

そのあとも紆余曲折あったんですけど、別にもともと絵はうまくなくても、本気になればうまくなるのなんて全然たやすくて、本気を出せばやれないことはないんだなと感じながら、どうにか生き抜いてきました。

※GEISAI:現代美術家である村上隆が主催する現代美術の祭典。参加型のアートイベントとして毎年開催されていたが、現在はおこなわれていない。

感動がインスピレーションに

絵は何かを伝える手段、そして後悔しない手段

 

『シャキーン!』の番組関係者の偉い方と話したとき、情熱的に「変なモノをつくりたい」って言われたんです。その言葉から熱量が伝わってきて、すごく感動したんですよ。あと、勤めてた鎌倉のウェブ制作の会社は「つくる人を増やす」ってことを掲げてて、「つくる人を増やすこと自体が、まわりまわって平和とか相手を想う気持ちにつながっているんだ」っていう会社のコンセプト自体にも感動しましたね。だから「感動」は、僕の制作のコンセプトになってたりします。感動があったときはすごく心に残るし、やっぱりインスピレーションが湧くというか、こういう仕事してかなきゃなあって。だから感動するものに出会ったとき、その感情は大事にしてますね。

今も子どもの頃も、絵を描くのは楽しませるためっていうか……ギャグですよね。僕が何かを伝える手段としては、絵が一番。死ぬ直前までずっとこれをやっていられたら後悔はないなと思ってて。僕にとって絵を描くことは、後悔がない人生を送るための社会的貢献手段ですね。

BRAASI INDUSTRYの生まれ故郷チェコには

日本に似た「人を想う作品づくり」の文化がある

 インタビュー後、牛木さんがチェコを訪れた際に撮影したイベントの様子。

インタビュー後、牛木さんがチェコを訪れた際に撮影したイベントの様子。

 

今度、日本の文化を紹介するイベントでチェコに行くので、チェコのことは結構調べてて。チェコは、日本みたいに文化がしっかりある国だなと思います。日本のアニメ作品によく出てくるような「ロボット」という言葉が、実はチェコで生まれた言葉だっていうこともそうですけど、人を楽しませられるように、人のことを想って作品をつくってるというところが、日本と似てるなと感じますね。だから、チェコの人たちは「日本にも同じような文化があるぞ」って気になりはじめてるというか、好きになりつつある、と感じてます。日本のアーティストさんが呼ばれたりしてますし、日本のカルチャーはすごく見直されてきてるんですよ。

派手な服が好き

だから、バッグはシンプルさと機能性を重視

 

BRAASIのバッグを選ぶとき、プロダクトとしては 『WICKER』や『EVOⅡ』みたいなウェビングがあるタイプの方がかっこいいし、デザインとしての完成度はこっちの方が高いなと思ってたんです。でも僕には似合わなさそうだったんで、シンプルな『AYO』を選びました。カラフルなのが好きで派手な服を着てることが多いので、すごくうるさくなっちゃうなと思って。今日は……迷ったんですけど、バッグに合うなと思うファッションで来ました。

でも、本当に好きな服は、すごくタイトで柄々しいボトムスなんですよ。もともとは超派手なファッションスタイルだったんですけど、それが歳とともにタイツを履いてる気持ち悪いおっさんみたいになっちゃったんで、やめました(笑)。ただ、アウトドア系だったら結構目立つ服が多いんで、今日みたいなアウトドア系の洋服を選ぶことが多くなりましたね。

 

このバッグ、気に入ってる点がいっぱいあって。まず、僕はバッグを床に置くのが嫌いなんです。大っ嫌いなんですけど、この底って布じゃなくて革じゃないですか。拭けるしいいかなって。あと、ストラップを踏んじゃうのも嫌いなんです。そういうのがあるのはデザイン的には好きなんですけど、椅子のキャスターとか自分の足で踏んじゃうのも嫌で。でもこれはストラップとかそういった装飾がかなり少ないなと思って。基本、絵は家で描くので画材は持ち歩かないですけど、打ち合わせがあるかどうかとかに関係なくいつもパソコンは持ち歩いてるんで、中は分かれてた方がいいし。機能性で言ったらもう、ベストなんじゃないかなと思ってます。

だから、出かけるときはいつも『AYO』になっちゃってますね。あと色は、絶対黒かなと思って。こないだ青のバッグを買っちゃってやっぱり使いづらいなと思ったんで。いっぱい持つんだったら他の色があってもいいと思うんですけど、やっぱり1個か2個だけになったら黒ですね。

絵を描くこと自体を流行らせて

アートやイラストを発展させたい

 Instagram投稿イラスト。毎日一枚絵を更新している。

Instagram投稿イラスト。毎日一枚絵を更新している。

 

絵を描いてて感じるのは、世の中に忘れ去られてしまうことの怖さ。その恐怖におびえながらも、それでもやっぱり、自分にしかできないことを続けていくしかないのかな……と思っています。あ、でも流行らせたいですよね、イラストとか絵を描くみたいなことを。みんながもっと描いていける世界づくりに貢献したいなとは思いますね。

日本って、広告でイラストが使われる場が桁違いに多い国なんですよ。広告って、ものを売るためのパワーが働いてるから、その力で街並みが華やかになる。その街並みこそが日本の文化で、その文化こそが日本においては暴力とかをなくしてるというか。日本におけるイラストの役割って、他の国にはない、ものすごく重要な役割を担っているなと思います。

今、イラストを描くこと自体が流行ってるというこの状況が、すごくいいなあって。でも単純な欲求に働きかけるっていうのはいらないんですよ。理解不可能なものにこそ文化を高めていく役割があると思っていて、「意味のわからないアート」みたいなものにも価値があるし、自由気ままに描いているイラストにも力があるし、その狭間でやっていけたらなって。僕は、どこかクセがあったりとか、「なんでこうしたんだ?」みたいなものを含んだ作品を世に出していくべきだと思うんです。今はYouTubeで美術を教えてる人もいる時代だし、ときどき僕もTwitterで考えさせるような投稿をして、若い人の先生となってアートとかイラストのことを教えてるんです。これからも、そうやってアートやイラストっていう文化を発展させていくことに貢献していきたいなと思ってます。

 

BRAASI INDUSTRYの中でも特に装飾が少ない『AYO』。「ふたのところは折って閉じれるから、もはやふたを留めるバックルすらいらない…」と、どこまでもシンプルさを追求していた。

Twitterプレゼントキャンペーン実施中

今回牛木匡憲さんが着用している「AYO」を抽選で1名様にプレゼントいたします。

応募方法はBRAASI INDUSTRY JAPANの公式Twitter(https://twitter.com/braasi_japan)をフォローし、下記SNSシェアボタンからTwitterにて本記事をシェアするだけ。

締め切りは1/17(金)まで。

※当選は発送をもってかえさせていただきます。

※鍵付きのアカウントはこちらからご連絡できないため、公開アカウントのみといたします。

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